アボリジニの大地




第一五回(最終回):自分のために、世界のために : 掲載コラム(2003.10.07)


君は、あちこち飛び回っているけれど、この先どこで就職して腰を落ち着けるつもりなんだ?」と聞かれることがある。そんなとき僕は、半ば冗談半ば本気で「新潟以外なら、世界中どこでもいい」と答えている。とはいえ、新潟が嫌いなのかといえば、そう単純な話でもない。こうして新潟日報に連載させてもらったのも、故郷の新潟に特別な思い入れがあるからだ。この感情は、〈愛憎〉としか言いようがない。ふと、坂口安吾を思い出す。彼も新潟に対して、複雑な感情をもっていた。

ダグラグ村の長老に聞かれたことがある。「おまえは、なぜここにやってきたのか知ってるのかね?」僕は、「アボリジニの文化と歴史を学びたかったからです」と応えた。しかし、この老人は僕の目をじっと見つめると、「大地がおまえをここに呼んだんだよ」と言い、声をたてて笑った。アボリジニの大地、この生ける大地を前にして、僕が持ち出す〈訪問の理由〉などあまりに無力だ。「大地が正しい道を教えてくれる。」彼は、繰り返しそう語っていた。大地が語る声に耳を傾けること——このあまりにも困難な課題を前にして、自分がまだまだアボリジニの世界から学びきれていないと感じる。

日本でも、オーストラリアでも、「何でアボリジニなんですか。そんなこと研究して何かの役に立つのですか。」と、不思議そうな顔をして尋ねる人がいる。「大地が僕を呼んだんですよ」と応えてもあまり納得してくれない。ましてや「世界をより良くするためです」なんて言うと、もっと納得してくれない。

デボラ・B・ローズ著『生命の大地--アボリジニ文化とエコロジー』(平凡社)という本を翻訳した。エコロジーや先住民文化に興味をもっている方に、ぜひ読んでもらいたい。例えば、環境問題という地球規模の課題ひとつとってみても、アボリジニの人々から学ぶべきことはたくさんある。「最先端」や「超大国」だけが、世界を支えているわけではない。いや、最先端や超大国だけが世界を支えようとすると、ロクなことにならない。IT革命と東京文化だけで、日本社会が良くなってゆくはずもない。

アボリジニの大地と故郷の新潟、シドニーと東京、オーストラリアと日本を何度も往復しながら生活していると、世界は地続きで、相互に繋がっているということを改めて実感する。アボリジニ社会にもグループ間の境界線があるが、それは相互に依存するためであって、お互いを排除するためではない。グローバル化の時代、僕たちは、その気さえあれば世界の中心と周縁を、大都市と地方と辺境とを頻繁に往き来することができる。将来はパスポートなど必要なくなって、新潟から長野に出向くように、世界各国を訪問できるようになればいい。

最後に、二一世紀を担ってゆくはずの新しい世代に向けて、とはいえ何よりも僕自身のために、連載の第一回に記した言葉を繰り返しておきたい。「人生なるようにしか、ならない」などと言って、シニカルになっている暇などないのだ。自由で危険な広がりのなかで、一心不乱に遊びぬく術を学んでゆこう。



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